会話

浅田志津子

毎月 地方へ行商に出る夫の
車への 商品の積み込みを手伝う
我が家は築三十年のマンションの5階で
エレベーターがないので
二人して 両腕に商品を何箱も抱えて
5階から1階まで 二十回ほど往復する

どんよりと曇った 冬の朝
ようやく積みこみが終わり
寒いから、もう家に入ってと夫が言う
短い別れの挨拶を済ませて
階段をあがり 5階の踊り場から
駐車場を見下ろしたら まだ車があった

荷物をヒモで固定したり
スマホやカーナビを設定したり
長々と手帳を見て なにか書きこんでいたり
夫は相変わらず 几帳面で用意周到だった
ようやく車を発進させると
夫は5階の私に気づいて手を振った
私も手を振って 夫と心の会話をした

「とっくに、家に入ってると思ったよ」
「ずっと見てたわ」
「寒いのに」
「相変わらず、几帳面ね」
「性分なんでね」
「気づかないまま、行くかなと思った」
「気づけてよかった」
「私も、久しぶりに気づけてよかった」
「なにを」
「これまでずっと、あなたのその几帳面さと
用意周到さに、守られて生きてきたわ」
「おおげさな」
「たぶん、あなたは死ぬときだって用意周到で、
病院のベッドで、保険の書類とか書いてるわ」
「ありえるね」
「そして、こっそり病院を抜け出して
これまで通り、私の誕生日に花が届くように、
花屋に何十年分も先払いするのよ」
「カードもまとめて書かないと」
「おかげで私は、再婚もできないの」
「再婚したら、解約できるようにしとく」
「残りのお金、払い戻してくれるかしら」
「してくれたら、それは俺からのご祝儀だから」
「いいわ、もう。いってらっしゃい」
「あぁ。ドアのチェーン、忘れないで」