もし いつか

  浅田志津子

  

もし いつか

母が 歩けなくなったら

天気のいい日は 車椅子を押して

あの 用水路沿いの小道を

二人でのんびり 散歩しよう

水路沿いに 咲きみだれる

季節の花を 楽しんだり

畑の 無人野菜直売所で

採れたての トマトを買ったり

もし いつか

母が 少しぼんやりしだして

もの忘れが ひどくなってきたら

きつい言葉で 追いつめたりせずに

母が自ら 思い出せるようにしよう

メモをとるよう さりげなく勧めたり

「ガス、消した?」と 書いた紙を

あちこちの壁に 貼っておいたり

もし いつか

母が私を「おかあさん」と呼んだら

私は うつむいて唇をかんだり

母から 目をそらしたりしない

深呼吸を ひとつしてから

「なあに」と 普通に笑いかける

居間で 針仕事をしながら

とりとめのない おしゃべりをしたり

ぬりえに励む あどけない母の

目にかかる髪を ピンでとめたり

散歩に出たまま 戻らぬ母を

探して ようやく見つけたときは

激しく叱った その後で

抱きあって 二人でしばらく泣こう

そして夕焼けのなか 手をつないで

歌いながら 家へと帰る

母と 手をつないでさえいれば

よかった頃の 私に帰る