予備

  浅田志津子

  

日本の自然災害の多さときたら

どこに住んでも安全とは言えない

せめてもの備えにと

スーパーで安売りの

懐中電灯をカゴにいれる

「ママ、懐中電灯、うちにあるよ」

7歳の娘が 不思議そうに言う

「予備よ、予備」

「ヨビ? ヨビってなあに?」

「今、あるものがなくなったり

壊れちゃったりしたときのために

もうひとつ、用意しておくこと」

「じゃぁ、おもちゃも

 ヨビ買って、ヨビ」

「バカ言わないで。

 そんなお金ないでしょ」

そっけなく答えた後で ふと思う

子どもにも「予備」があったら

子どもが命を落とす直前に

魂と記憶が「予備」に移動する

もう息をしない我が子を抱きかかえて

狂ったように泣き叫ぶ私のもとに

「予備」に移った子どもが

いつもの笑顔で走ってくるのだ

「大丈夫だよ、ママ。

さっちゃん、死んでないよ。

ちゃんと、予備にうつったから」

そういって 抱きついてくれるなら

たった一度だけでもいい

そんな奇跡が 金で買えるのなら

私は 家もなにもかも

すべてを売って 金に換えて

どんな秘境でも この世の果てまで

子どもの「予備」を買いにゆくだろう

たとえそれが 神にそむく

悪の取引だと 知っていても

「ママ、どうしたの。怖い顔してる」

娘の声に ふと我にかえる

不安げに私を見上げる娘の

透きとおった 桃色の頬を見つめる

「ママ、あんたの予備がほしいわ」

「なにそれ」

「さっちゃんが、もう一個ほしい」

「ないよぅ、そんなの。ママ、変なの」